6)2つの疑問を解決
①指の長さと指又の深さ
指先の圧迫や指又の食い込みは人それぞれ。オーダーメードで作らない限りこの問題は解決しない。
しかし一番重要な親指の独立上下機能が確保できれば裸足効果は充分に期待できると考えた。そこで思いついたのがタビ。和装でのタビ、地下足袋、田植えタビ、その他日本人にはタビが今も息づいている。このタビの親指に着目し残りの4本指の圧迫感を開放することで問題解決の糸口とした。
②膝と腰への衝撃が強い
本格的な運動経験の無い方は下半身を自動車のサスペンションのように柔軟的に動かすことを知らない。そのため膝を曲げて衝撃を緩和す動作に問題がある。また足首も固いために全体重をカカトで受けていまう。これで裸足に近い5本指シューズを履いて歩いたり走ったりすれば、膝と腰を壊してしまうことが予測できた。
つまり、歩き方と走り方の指導を必要とする靴だということが見えてきた。
この問題点を解決できれば、指導を伴わない靴に進化させることができる、、、、。と考えた。
ある日、上皇ご夫妻が歩く速さでジョギングをされているご様子をテレビで報道していた。それを見た瞬間に「これだ!」と直感した。
歩くスピード以下のジョギングには、歩くことでは得られない決定的な違いがあった。
7)歩く、走る
昔、カープ広島市民球場でジャイアンツ戦前の練習風景を見たことがある。外野のフェイス沿いを大エース江川がチンタラチンタラと走っていたことを思い出す。「あれなら歩いているの変わりない、ジャイアンツのエースともあろうものが、、、、。」とガッカリした印象が残っている。
「歩くようなジョギング」を初めて見たのはこの日かもしれない。
江川を小馬鹿にしながらダラダラとしたチンタラジョギングを真似てみた。呼吸は乱れないが歩くような軽さ無い!これは何が違うんだろう?と思い、自分の動作を分析してみた。
■歩く
①前に出した足の膝が伸びている。
②足を前に出した際の足首角度は鈍角。
③体重をカカトで受けている。
■走る
①前に出した足の膝は折り曲げている。
②足を前に出した際の足首角度は鋭角。
③体重を足裏全体で受けている。
このような取るに足らない動作に興味を持てたことは後々の発想に大きく役立つことになった。
特に上皇ご夫妻のスロージョギングをテレビで拝見し、瞬間的なヒラメキが起きたのは、江川のチンタラジョギングを見せられた賜物。
この時点ではスロージョギングが優れた有酸素運動として脚光を浴びるとは思ってもいなかった。
8)上り坂
膝を少し曲げて体重を足裏全体で受けてテンポ良く歩こうとすると、いくら速度は遅くても「歩き」ではなく「走り」に近い身体の動きとなる。カカトの高い普通の靴でそれをすると、類人猿やゴリラのような猫背姿勢になってしまう。
では平らな道で足首を鋭角に保ち、足裏全面を同時着地をし、更には普通の姿勢で歩くにはどうすれば????
思いついたのが「上り坂」だった。
上り坂では膝を曲げて前方に体重を乗せ、足裏全面で着地をするので足首は鋭角になる。
この上り坂が足の裏に貼り付いたようなソールがあれば「下り坂の無い上り坂が完成する!」と、次なる発想が芽生える。
9)ゴム製の試作品
地下足袋を使用されている方は声を揃えて「親指を踏み込むことができるので足に力が入る、、、。」と言われる。
以下、試作品の方向性を決めた。
■地面を蹴り出す際、踏み込んだ親指が沈むことで「足に力が入る」機能。
■上り坂形状の靴底で、足裏が接地すると足首が鋭角になる。
試作品とは言え、モノ作りには大変なコストと時間を要する。
思い付いたのは20年間勤務させていただいた手袋、長靴のメーカー、アトム株式会社だった。
元同僚からの支援も受けゴム製の農業用タビを原型とした試作品に着手。
出来上がった試作品の外観は親指の付いた農業用ゴム長靴をローカットにしたもので、色は若草の緑。これには一瞬たじろいだ。形も奇異だが若草色はもっと目立ってしまう。自らが履くには抵抗感は無いが、第三者となると相当な覚悟が必要となる。
履き始めて数日が経ったころ、散歩中の男性から声をかけられた。「変わった靴じゃのう〜、何か意味あるん?」意味、目的を問われると嬉しくなり、思いの丈を喋りたくしてしまった。ドン引きとはこのような事を言うのだろう。「よう分からんが、、、」とだけ言い残して立ち去られてしまった。
アトム株式会社で結成された開発チームと改良を重ねていたある日「これ以上の要望は技術的な問題から対応不可能」と、突然の中止を言い渡された。
10)ふりだし
商品開発とか企画開発という響きはポジティブなカッコ良さがある。しかしその実態は地道な努力と忍耐力の繰り返しで成功の約束がない将来への投資作業と言える。
この段階でのドクタータンレックスは妄想の域にあるアイデアでしかなく、果たして本当にビジネスとして成り立つのかどうかの保証は1ミリも無かった。
仮説と検証の基礎段階にも入っていない状態で、根拠の無い夢物語をいくら語っても誰も振り向いてはくれない。投資を呼びかけても一歩間違えれば金銭トラブルの落とし穴が待ち受けている。
先ずは親しく付き合いのあっシューズメーカー詣で活動を始めた。
昔のよしみで親切に話を聞いては貰えるのだが、最終的には資金の出処に突き当たり、本格的な取り組みは至らない空気が漂う。
何度もお願いにあがり、最終的な結論は「山花さんが5000万円を準備してくれるなら、この提案をお受けします」だった。
時間をかけて作ったビジネスプランが白紙となり、ふりだしに戻ってしまった。
頭は悪くても根性さえあれば何とかなる!を信念として生きてきたが見事に崩れ落ちる。